Q 遺言書に捺すハンコを買いに来たお客にハンコ屋が遺言のアドバイスをしてもいい?
弊社は、ハンコ等を販売する小売店です。令和2年7月から、法務局で自筆証書遺言を保管する制度が始まりました。そこで、自筆証書遺言を書く人が増えるのではと言われています。法務局のホームページには、遺言書には押印(認印可)が必須とありますので、遺言書のためにハンコを買いに来るお客が増えるかもと期待しています。そんな中、お客に遺言書の作成を推奨したりアドバイスしたりするだけではなく、代筆のようなことまで考えている業者もあると聞きました。そのようなサービスは違法でしょうか。
A 遺言書作成のアドバイスは、しない方が無難。法務省にある様式例を勧める程度に
たしかに、遺言書の作成数は概ね増加傾向にあります。2909年に約7万8000件ほどだった公正証書遺言作成件数は、2019年には11万3000件を越えました(日本公証人連合会公表)。
私自身は、遺言作成のご相談を受けた場合、自筆証書遺言ではなく公正証書遺言の作成を推奨しています。ただ、近年自筆証書遺言はどんどん使いやすいように法改正がなされています。
2018年、自筆証書遺言であっても、財産目録(ただし、各ページに署名押印が必要)を添付するときは、その目録は自書しなくても良いことになりました。
そして2020年7月、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が施行されました。従来、自筆証書遺言は、遺言者や相続人が金庫内や神棚・仏壇に置くなどして保管されていました。しかし、このような保管方法では、遺言書が紛失したり、隠されたり、改ざんされる危険がありました。そこで、法務局に自筆証書遺言を預けることのできる制度が始まったのです。こうなると、利便性の向上した自筆証書遺言の作成件数がさらに増えても不思議ではありませんね。
お客様に遺言書を残すよう推奨すること自体は問題ありません。例えば、店内に「自筆証書遺言を法務局に預けられます!」等とポップを設置しても良いでしょう。しかし、遺言書の作成をアドバイスすることや、代筆することには大きな問題を伴います。
そもそも、自筆証書遺言は、その名のとおり原則として遺言者がすべて自書する必要があります(民法968条1項)。代筆された自筆証書遺言は無効です。判例は、添え手の場合でも自書の要件を厳しく検討しています。ましてや、絶対に代筆してはいけません。
遺言書の作成をアドバイスすることについては、遺言の方式や内容を正しくアドバイスできるかを考えてみましょう。例えば、判例上、使用する印は指印でも良いとされています。では、お客様に指印を推奨して良いでしょうか? 指印では、遺言者の死後、誰の指印なのかが分からなくなる危険がありますね。そう考えると、いくら指印が認められているとはいえ、実印の方が無難です。
また、押印の場所についてはいかがでしょうか。横書きの場合は、通常は氏名の右横に押印がなされますね。では、封筒の封じ目にされた押印は有効でしょうか? この問題については、封じ目にされた押印でも良く、遺言書自体に押印はなくとも有効とした裁判例があります。このように、自筆証書遺言の形式には実は様々な問題が含まれています。ましてや、遺言書の内容は、解釈上の問題点を減らしつつ、遺言者の意思を正確に残す必要があります。遺言者は相続人間の紛争を避けるために遺言書を作成するのですから、日頃専門家として遺言書の作成に携わっているのではない限り、遺言書の作成アドバイスをすることはお勧めできません。法務省が自筆証書遺言作成の注意事項や様式例をホームページに公開しておりますので、お客様にはそちらをご案内するに留めるのが無難でしょう。
なお、仮に遺言書の作成をアドバイスして報酬を得るような場合は、弁護士法72条違反(いわゆる非弁行為)の問題が生じる可能性があります。裁判でこの法律に違反したと判断された場合、懲役2年以下又は300万円以下の罰金となるおそれがありますので注意が必要です。
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