友人が営むお店の周年記念パーティに参加したときのこと。テーブルに置かれたコースターを、なにげに手にとると店舗名とお祝いメッセージが入っていました。
指で触ると文字の部分に僅かな厚みがあって、なんともいい風合い。しげしげと眺めるアタシに「活版印刷で作ったらしいよ」と友人。贈り主はアタシもよく知る美人社長で、最近、古い町家をリノベーションして活版印刷のワークショップができる工房を始めたことまで教えてくれました。
町家! リノベーション! そしてこのかっこいい印刷! これはぜひとも体験してみなければと、速攻で女社長に連絡し、工房訪問してきました。
道に迷いながらようやく見つけた工房は、そこだけ時間が止まったようないい感じの佇まいです。中に入るとなんともインクのいい匂いがします。左手には活版印刷用の活字が並んでいて、もうそれだけでアートな雰囲気。その横には活版印刷機。重厚なハンドルが時代を物語っています。さらにその奥には大きく黒光りした機関車みたいな印刷機も鎮座しています。
マシン好きとしてはすでにテンション上がりまくりです。女社長に、
「何に印刷したいか決まってる?」と尋ねられましたが、ノーアイデアで特に希望もなし。すると彼女が「ノートの表紙に印刷したらこんな感じ」とノートを差し出しました。無○良品などで売っているなんの変哲もないものなのに、そこに活版印刷でロゴが入るだけでとんでもなく素敵なノートに変身するじゃありませんか。
実は彼女にアポ取りした際に「好きなノートがあったら持ってきて」と言われていたのですが「ノートに印刷なんかしてもそんなにカッコよくないやろ」と用意して来なかったのです。ああ、大後悔! この工房でノートを売っているわけもなく「じゃ、ポストカードでもつくる?」と言われましたが、アタシはもうかっこいいノートの虜。
工房から一番近いコンビニへ猛ダッシュして探してみましたが普通の大学ノートしかありません(これに印刷しても絶対かっこよくないよなぁ、もう一軒コンビニはしごするか)と思っていたところ、黒い表紙のリングタイプのノートを発見! これに活版印刷したらカッコイイはず、と出来上がりを想像しながら急いで工房へ戻ります。
クセになるこの感じ……そうや、テトリスや!
印刷するものが決まったら、次は文字選びです。最近情熱を注いでいるダンスに関するメモを残すためのノートにするべく「DANCE LESSON MEMO」と入れることに決定。
次は「活字」と呼ばれる金属製のハンコ状の文字を1つずつ拾っていくのですが、フォントの違いの区別がつかない上に、いろいろありすぎて選びきれません。パソコンならキーボード1つ叩けば一瞬で「あ、こんな書体になるのね」と分かるのに……などと思いながらなんとかフォントを決定。その後、1文字ずつ文字を探していくのです。
ここまで約15分。これで印刷ができると思ったら大間違い。ここからが死ぬほど手間で、やり始めるとハマってしまう作業のスタートでした。選んだ文字をノートのどこに印刷したいかを決め、版を印刷機に取り付けられるように、金属の枠の中に文字を配置していきます。
行間を開けたり、上下の文字のスペースをとったりするために小さな金属の板状のものを挟み込んでいくのですが、まあ、なんて細かい作業。
さらに、これを縦横のラインが真っ直ぐになるようレイアウトするために先ほどの行間に使った板よりも大きな金属の棒状のものを間に挟み込んで文字をセットしていくのが、これまた綺麗に揃わない。こっちに入れると縦のラインが崩れ、足し込むとはみ出ると悪戦苦闘。
でもどんどんクセになっていくこの感じは、そうそう、パズルゲーム「テトリス」にそっくりや! 最後の10面までクリアしたことのあるアタシの実力なら見事に組めるはず、と意地になってしまいました。
金属板はめて試し刷りを繰り返すこと数十回
なんとか活字を組み上げて、ようやく印刷です。手動式の活版印刷機を前にさらにテンションはあがりまくり。インクを乗せてハンドルをブンブン回してインクを馴染ませ、まずはテスト印刷。
ところが、思っている場所と全然違う位置に印刷されます。女社長は、「ここからの微調整が大変やねん」と先ほど組み上げた版にさらにスペースをずらすため金属の板を挟んでは試し刷りを何度も何度も繰り返し調整していきます。
試し刷りすること数十回。ようやく本番、ノートの表紙に印刷です。
ドキドキしながらハンドルを回し、エイッと圧をかけそっと取り出して見ると……おお! 刷れてる! キレイにシルバーのインクが乗っています! コンビニで間に合わせで買ってきたあのノートが、高級ホテルで販売されているかのような上品な香りをプンプンさせているのです。
もともとこのノートに印刷されていた文字と、その下に活版印刷で刷った文字を見比べると質感の違いが歴然です(我が子可愛さの贔屓目もあるけど)。活版印刷部分を指で触ると微かに感じるインクの厚みまで愛おしく、もう愛着湧きまくりです。
せっかくだからと内側のポケット部分にも印刷してみたら、こちら紙質が異なるので同じインクなのに刷り上がりが全然違うのに驚きです。
15文字の印刷になんと2時間30分かかった
「あの気の遠くなるような微調整が効いているな。位置合わせもバッチリやし」。
途中ちょっと挫けそうになったこともすっかり忘れご満悦です。
時間を見るとすでに2時間30分も経っていました。選んだ文字は2行、15文字とワンポイントに選んだテープカッター台のイラストだけ。
たったこれだけをノートの表紙に印刷するだけでこんなに調整が必要でクソ面倒くさく大変だなんて。そして、その昔、新聞をこんな手法で印刷していたなんて。根気ある職人さんに脱帽。
パソコンがある現代に生まれたことに心より感謝です。
でも、刷り上がりのなんともいえない風合いは、この昔ながらの活版印刷じゃないと出せないのかも。時間貸しでできるから、今度はもっと大型のものにぜひともチャレンジしてみたいなー。